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名古屋地方裁判所 昭和38年(行)24号 判決

名古屋市中区新栄町七丁目一番地

原告

染木木材株式会社

右代表者代表取締役

染木正夫

右訴訟代理人弁護士

花村英樹

森洋一

名古屋市熱田区花表町一番地

被告

熱田税務署長

右指定代理人検事

松崎康夫

大蔵事務管 市川有久

大蔵事務管 川村俊一

法務事務官 関口宗男

右当事者間の昭和三八年(行)第二四号更正処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

(原告)

「被告が原告に対し、昭和三六年六月三〇日第六六〇号をもつてなした昭和三三年七月一日より昭和三四年六月三〇日にいたる事業年度の原告所得金額を金三四、二二七、九五一円と更正した処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者双方の主張

(原告)

(請求原因)

(一)  原告は昭和二二年八月一六日以来名古屋市東区添地町一七番地に本店ならびに工場を設置して木材の製材販売業を営んできた。ところが、名古屋市の都市計画事業のため工場敷地の大半が道路とされることになり、このままでは事業の継続が不可能となつた。それで原告は工場の移転先を物色した結果換地されて原告の取得した土地(別紙目録記載(イ)の(1)、(2)土地、以下(イ)の(1)土地、(2)土地という)と染木建設株式会社(以下染木建設という)所有の土地(別紙目録記載(ロ)の(1)ないし(2)土地、以下(ロ)の(1)土地、(2)土地……という)とを交換して、(ロ)の(1)ないし、(3)土地に工場を移転することとし、昭和三四年一月一二日、染木建設と交換契約(以下本件交換契約という)を締結し同年中に工場移転を完了した。

(二)  原告は昭和三四年八月三一日、原告の昭和三三年七月一日より昭和三四年六月三〇日にいたる事業年度(以下本件事業年度という)の法人税の課税所得金額を金四一、三八四円として所轄税務署長たる名古屋中税務署長に対し確定申告した。その後、法人税法第四六条の三第二項の規定による納税地の指定があり原告の所轄は被告となつた。

(三)  被告は原告の本件交換契約は是認できないとして(イ)の(1)土地は原告から訴外大久保正一(以下大久保という)に、(イ)の(2)土地は原告から染木建設へ、いずれも売買により譲渡されたもので、その譲渡利益は原告の所得として合算されるべきものとして、昭和三六年六月三〇日、原告の所得金額を金三四、二二七、九五一円と更正する処分をした。

(四)  原告は昭和三六年七月三一日、右更正決定に対し被告に再調査の請求をしたところ、被告は同年一〇月二八日、右請求を棄却する旨決定した。原告は更に同年一一月二八日、名古屋国税局長に対し審査の請求をしたところ名古屋国税局長は昭和三八年七月一七日右審査請求を棄却する決定をし右決定は翌一八日原告に通知された。

(五)  しかし原告の本件事業年度における所得は前述の申告額にとどまるのであり、右更正決定はなんら存しない所得について課税する誤りをしているから、その取消を求める。

(被告)

(請求原因事実に対する認否)

(一)  第一項の事実中

原告が主張の如き事業を営んできたこと、

工場敷地の一部が道路敷となつたこと、

工場を移転したこと、

は認めるがその余の事実は争う。

(二)  第二項の事実は認める。

(三)  第三項の事実は認める。

(四)  第四項の事実は認める。

(本位的主張)

(一)  被告が原告の所得金額を三四、二二七、九五一円と算定した根拠は次のとおりである。

原告の申告所得金額四一、三八四円に加算したもの

(1) 土地もれ 二九、六五〇、九六九円

(2) 未収入金もれ 四、七三三、八五〇円

(3) 土地もれ 二五、〇〇〇円

(4) 仮払金もれ 一〇〇、〇〇〇円

(5) 贈与 一九八、二五二円

(6) 現金計上もれ 一、七七八、四九六円

計 三六、四八六、五六七円

原告の所得金額から減算したもの

(7) 仮受金もれ 二、三〇〇、〇〇〇円

差引 三四、二二七、九五一円

(二)  前述の「加算したもの」「減算したもの」の内容およびその理由は次のとおりである。

一、土地もれ二九、六五〇、九六九円と未収人金もれ四、七三三、八五〇円の計三四、三八四、八一九円は原告の所有していた(イ)の(1)、(2)の各土地の譲渡価格をそれぞれ三〇、〇〇〇、〇〇〇円および四、六三七、八五〇円とし、これから原告記帳の帳簿価額二五三、〇三一円を控除した金額である。

二、右金額を加算したのは、原告は(イ)の(1)、(2)土地を昭和三四年一月一二日に染木建設へ交換譲渡した後に、(イ)の(1)土地は同年二月一八日、染木建設が大久保へ代金三千万円で売却したものと主張するが、(イ)の(1)土地は原告から大久保へ代金三千万円で、(イ)の(2)土地は原告から染木建設へ代金四、三八四、八一九円でそれぞれ売買譲渡されたものである。

それは左の諸点からみて明らかである。

1、原告は昭和三三年八月、(イ)の(1)土地を財団法人土木建築厚生会(以下、厚生会という)との間で、代金を三千万円とする売買の交渉を行うと同時に同会から右土地を担保に一千万円を借受けている。

2、他方、原告は昭和三三年一〇月頃から大久保との間でも右土地の売買交渉を行つていた。そして大久保間で売買が成立する見通しがついたので厚生会との売買交渉は急遽打切つた。すなわち原告はかねてから本件土地を売却しようとする意思を有していたのである。

3、原告が名古屋法務局へ提出した右土地の所有権移転登記申請書には登記原因は昭和三四年三月二五日交換と記載された右申請書に添付された右土地交換に関する原告ならびに染木建設両者の取締役会議事録にも昭和三四年三月二五日開催された取締役会で交換契約を承認したとされている。

4、大久保から支払われた代金の一部が原告の厚生会に対する前記一千万円の債務支払に充当されている。

右の事実は原告主張の交換契約が原告主張の日(昭和三四年一月一二日)には未だ行われていないこと、右土地を大久保に売却したのは原告であることを示している。

5、原告主張の日に交換契約が行われているなら、同日右土地の所有権は染木建設へ移転したわけである。従つて染木建設としてはその旨を帳簿に記入すべく、また大久保に売つたのが染木建設であるならば大久保からの受入代金もその帳簿に記帳すべきところ、なんらかかる記帳はされていない。染木正夫扱い仮受金として処理されているにすぎない。

6、原告主張の染木建設と大久保間の右土地の売買契約では、売主は染木正夫個人名義になつている。また同時に譲渡対象となつた電話九局一八八番は原告のものである。以上の諸事実から判明する如く原告は大久保に(イ)の(1)土地を売る契約をしているのである。にも拘らず原告がこれを染木建設へ交換譲渡し染木建設が大久保に売却したものであると主張するのは次の事情による。すなわち、染木建設は営業状態が悪く昭和三四年の事業年度には前年からの繰越欠損金もあつて税法上損金に算入されるものが一〇、七四八、三四一円あり、また昭和三四年度における営業上の損失が七、六八三、五七五円あるため右土地を染木建設が大久保へ譲渡したことにしても、その税額は三七二、五五〇円にすぎない。他方、原告の営業状態は染木建設に比すれば良好であり、従つて原告が右土地を大久保へ譲渡すれば本件課税処分における如く相当額の税金を納付すべきことになる。そこで原告ならびに染木建設の代表取締役を兼ねている染木正夫は課税対策として原告と染木建設間に交換契約が成立しているように仮装したものである。

7、原告は(ロ)の(1)ないし(8)土地を、その所有者たる染木建設から昭和三四年一月一二日、交換により譲受けたと主張するも真実ではない。すなわち、

(ロ)の(3)土地についてその前所有者たる訴外野田九一郎から原告への四月二五日、売買を原因として直接原告に所有権移転登記がされている。

8、(ロ)の(4)ないし(8)土地について染木建設は右土地の所有者たる訴外星上水産合資会社(以下星上水産という)より昭和三三年一一月三〇日に購入したと原告は主張するがその当時ないし原告主張の交換契約当時、染木建設が右土地を星上水産から買受け所有権を取得した事実はない。

9、右土地の所有権移転登記は昭和三四年一〇月一七日、星上水産より原告に直接されている。

三、以上のとおり交換と称して原告が譲渡した物件中には、右譲渡以前から原告より他(厚生会や大久保)へ売渡す交渉が行われており、交換と称する事実(昭和三四年一月一二日)があつた直後(同年二月一八日)譲渡受けた染木建設から原告が売買を交渉した相手方たる大久保へ売却されていること、譲受けた物件中には交換の相手方たる染木建設が所有権を取得していないこと、等交換資産の全体について観察すれば原告は(イ)の(1)土地を大久保に代金三千万円で売却し、その代金で代替土地(ロ)の(3)ないし(8)土地を買入れたものと見るべきである。

四、原告は(イ)の(2)土地も(イ)の(1)土地と一括して昭和三四年一月一二日、染木建設へ交換譲渡したと主張するが真実は原告から染木建設へ売却したものであり、その価額は四、六三七、八五〇円と評価される。蓋し前述の如く原告と染木建設間の(イ)の(1)土地について交換の事実がない以上(イ)の(2)土地についても交換の事実はあるべくもないからである。

五、土地もれ二五、〇〇〇円、仮払金もれ一〇万円、贈与一九八、二五二円、現金計上もれ一、七七八、四九六円の加算および仮受金もれ二三〇万円の減算はいずれも原告が訴外田島善五郎に東区添地町五の三(東三工区一三A三番の一)に所在する土地約九〇坪を坪あたり七万円、計六三〇万円で売却しているのに、四〇〇万円で売却したかの如く装い、その金額だけを記帳し差額二三〇万円を脱漏しているのでこれを、その使途に応じて科目に分類、加算し同時に仮受金もれとして二三〇万円を減算したものである。

(予備的主張一)

(一)  仮に原告主張の交換契約が認められるとしても本件課税処分は適法である。すなわち、法人の資産が交換譲渡された場合は譲渡の対価として受入れる物の価額が益金に、提供した物の帳簿価額が損金として算定される。

(二)  右のように法人の固定資産の譲渡が行われた場合、課税上の損益の計算をする根拠は譲渡損益が譲渡によつて瞬間に発生するものではなく、当該固定資産を所有していた期間中に生じたものであつても、法人税法上の任意計算による評価換の規定(法人税法施行規則第一七条および第一七条の二)により法人が自らその都度評価損益を計上しない限り固定資産の移転が実現したときにはじめてその損益を一括して把握し譲渡損益の算定を行なうことによるものである。

(三)  従つて法人所有の土地等の固定資産の価格の騰落による損益は法人が任意に時価の範囲内で当該資産の評価換をなし具体的に資産の評価損益として決算に計上した場合は総益金、総損金に算入されるが当該資産について取得後、譲渡の行なわれるまでの各事業年度内に右の評価換を行なわなかつた場合は、帳簿価額は当初の取得価額のまま据置かれることとなり、いかに当該資産の価額が高謄して帳簿価額との差額が生じていても依然として法人の内部に蓄積されたまま保留されることになり当該物件の移転が実現したときにはじめて顕現され課税上の譲渡益の算定がなされるのである。

(四)  本件の場合の交換による譲渡益金について算定すると次の通りである。すなわち、交換による譲受物件の価額は三四、六三七、八五〇円であるところ、これと等価で交換に供した物件の帳簿価額は二五三、〇三一円であるから、両者の差額三四、三八四、八一九円が譲渡益金となる。以下譲渡物件の価額について説明する。

一、(イ)の(1)土地については、交換契約日前の昭和三三年八月六日に原告と厚生会との間で右土地につきなされた売買の内約価額が三千万円であること、また右土地が交換契約日直後の昭和三四年二月一八日、染木建設から大久保に代金三千万円で売却されていること等を勘案すれば当該土地の価額は三千万円と評価される。

二、(イ)の(2)土地については、一坪当り三五、〇〇〇円、計四、六三七、八五〇円がその価格である。この額が妥当であることは当該土地と通路を隔てて対する名古屋市東区添地町五番の三(仮換地後東三工区一三A三の一)の土地約九〇坪が昭和三四年三月一二日、原告と訴外田島善五郎間で坪当り七万円で売買されている事実からも明白である。

(五)  右により算出した交換による譲渡益金額三四、三八四、八一九円は被告が昭和三六年六月三〇日付で原告に対してした更正処分のうち、土地もれ二九、六五〇、九六九円、未収入金もれ四、七三三、八五〇円とした金額の合計三四、三八四、八一九円と同額となり本件更正処分は適法であることを示している。

(予備的主張二)

(一)  仮に原告主張の交換行為が認められるとしても右交換行為は法人税法第三一条の三第一項の規定に該当する。よつて同条により原告の行為、計算を否認する。原告主張の交換行為は、その行為の前後において種々の異常な行為がなされており、これらの事実を総合的に観察すると右行為は多額の法人税を免れるためになされたものと認定せざるを得ない。以下異常な行為の二、三を列挙すると、

一、(イ)の(1)土地は当初原告が大久保と売買交渉しながら実際の契約締結段階になつて突如として染木建設に売主が変更されたこと。

二、原告は右土地を染木建設への交換に供したと下主張しながら右建設は取得した右土地を、その直後に、原告が売買を交渉した相手方たる大久保に売却していること、

三、原告が染木建設から交換によつて得たという土地については、交換時に未だ同建設に所有権が移転しておらず、所有権移転は右交換行為から九ケ月余も後であること、

以上の諸行為は原告と染木建設が同族会社であることを考慮してはじめて理解しうるものであり、しかも原告と染木建設がかかる行為をしたのは同建設は営業成績が悪く、原告はかなり良好であることから原告の譲渡益を零とするのがその目的である。その結果、原告の所得金額から(イ)の(1)土地三千万円、(イ)の(2)土地四、三八四、八一九円の計三四、三八四、八一九円を減少させ、右(イ)の(1)、(2)土地の譲渡益金に対する法人税を不当に減少させたことになる。

従つて被告は原告の右の行為、計算を否認し、非同族会社なら通常なすであろうような行為、計算に引き直し本件課税をしたのである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

(本位的主張に対して)

(一)  被告が課税根拠として主張する項目金額中、(1)土地もれ二九、六五〇、九六九円および(2)未収入金もれ四、七三三、八五〇円につき以下のとおり反論するほか、その余の各項目、金額については争わない。

(二)一、原告が厚生会より(イ)の(1)土地に低当権を設定して一千万円を借用したことは認めるが同会と右土地の売買交渉を行つたとの事実は否認する。ただ原告が元利金の支払を怠つたとき低当権の実行に代えて右土地を金三千万円と評価して引渡し、元利金は右代金と決済するとの特約をしただけである。従つてこれをして売買交渉がなされたとすべきではない。

二、原告が大久保と売売買交渉を行つていたとの主張は否認する。売買交渉は原告ではなくて染木建設が行つたもので、その時期は昭和三四年二月初旬である。蓋し被告のいう昭和三三年一〇月頃は原告は未だ移転することも又、移転する場合の移転先についても方針がたつていなかつた。ただ将来に備える意味で参考のため大久保ほか数名から話を聞いたことはある。しかしこれらはいずれも座談程度に終始しておりこれをして売買交渉が原告、大久保間に行われた等というのは誤りである。原告が熟慮の末、具体的方針を定め染木建設の所有地と交換することにしたのは昭和三四年一月に入つてからである。同建設は交換により所有権を取得した後、改めて右土地を処分するのが妥当であると考えて大久保に売却したものである。なお、原告は厚生会とは売買の交渉をしていないから、その交渉を打切ることもありえない。

三、大久保から支払われた代金の一部が厚生会に対する原告の債務弁済に充当されたことは認めるが、染木建設が大久保から受領した金額をそのまま厚生会への弁済資金に充当したのではない。

四、染木建設は大久保から受領した金額をその都度仮受金勘定に記帳し決算期末の昭和三四年一〇月二二日に右仮受勘定三千万円を雑収入三千万円と振替えて処理している。右の事実は染木建設が右土地の売主である証拠にこそなれこれを否認する資料にはならない。

五、売買契約書の売主が染木正夫個人となつているのは染木建設株式会社代表取締役の肩書を失念しただけである。そのことは、右契約書の染木正夫の肩書住所が染木建設の本店所在地となつている事実からも明らかである。

六、染木建設と原告との営業成績、建設の繰越欠損金、営業上の損失が被告主張の通りであることはいずれも認めるが原告が租税回避の目的で本件交換契約を仮装したとの主張は争う。原告が染木建設と交渉するにいたつた経緯は請求原因に述べた通り原告が移転の必要に迫られ、この目的を達するには同建設の所有地と交換するのがもつとも得策だと考えたことによるものである。

七、原告が所有者たる染木建設から譲受けた物件(ロ)の(1)ないし(8)土地についての被告主張について以下反論する。

(ロ)の(3)土地について登記が被告主張の通りされたことは認める。右土地は染木建設が訴外野田から昭和三三年一一月一日代金三、六七二、〇〇〇円で購入し、即日手付金一五〇万円を、昭和三四年四月二日残金を支払つた。それにも拘わらず登記が直接原告にされているのは、右土地が農地であつた関係上、所有権移転許可に日時を要し登記が可能となつた時は、既に染木建設が原告との交換に供していたので、手続上、三者合意の上、中間省略登記をしたにすぎない。

八、(ロ)の(4)ないし(8)土地について被告の8で主張する事業について。

昭和三三年一一月三〇日染木建設は星上水産と右土地の売買契約をし(代金五、八〇三、二〇〇円と立退料五五万円)代金の一部百万円を現金で支払い、引渡しを受け自己の機材置場に使用してきた(交換契約後は染木建設は原告に引渡し原告が使用している)。

ただ契約当時、売買目的物は東部南浜土地区画整理組合の整理施行区域に編入されていて一時所有権移転登記が禁止されていたこと、一部が農地であつたこと、等で直ちに所有権移転登記ができない状態にあり、さらに加うるに一部の土地は訴外三井物産株式会社その他に譲渡担保に供せられ債権者の所有名義に登記されていたので、その土地については債権者の承諾を得るまで正式契約書の取交しは遠慮しなければならない等、特殊な事態が重なつたため当初支払つた百万円の受領証を契約成立の拠証に代えることとし、契約成立のとき契約書を作成することをしなかつた。ところが昭和三四年八月になつて星上水産から債権者の承諾を得たとの通知があつたので染木建設は同月一四日、星上水産との間で前年一一月三〇日の約定を文書化して契約書を作成すると共に代金の二割に当る一、一六〇、六四〇円を現金で支払つた。

右の次第で契約書の日付にかかわらず契約は昭和三三年一一月三〇日に締結されたのである。又、契約書に代金完済と同時に所有権が移転すべき旨規定されているが、これは所有権移転登記と書くのを誤つたにすぎない。

九、(ロ)の(4)ないし(8)土地についての契約書作成後の事情を述べる。

昭和三四年八月一四日の契約書作成後、伊勢湾台風によつて星上水産も損害を受け、その復旧資金として未だ登記はできないが代金の一部を支払つてくれと懇請してきたので染木建設は九月二九日、一〇万円、一〇月二四日に二〇万円を支払つたが、その頃、漸く一部の土地について登記が可能となつた。そこで染木建設は一〇月一六日、三、八四〇、〇八〇円を支払い、翌一七日、登記可能土地について所有権移転登記を受けることにした。ただ右土地はすでに同建設が原告へ交換に供した後であつたので、登記は中間省略して星上水産から直接原告へされたにすぎない。ところが星上水産では台風の被害のため当初の土地代金の支払を受けただけでは再起は期待できず、かつ契約締結時から約一ケ年経過しているので土地の売買価格を引上げてくれと再度申込んできた。染木建設は右の申入れに応じ、立退料五五万円の支払を止め、土地代金を坪一万八千円、計八、〇三五、二〇〇円と改訂した。そして一〇月一九日改訂価額による残金を支払つた。もつとも昭和三四年八月支払の一、一六〇、六四〇円に原告の簿外資産中から立替えてもらつたが、同年一〇月右立替金のうち四七八、六四〇円は原告に返済している。ただ帳簿上、星上水産から六、三五三、二〇〇円で購入したように記帳されているが、これは社長から会計係によく通じていなかつたため、会計係が当初の六、三五三、二〇〇円を計上したものである。

(三)  (イ)の(2)土地について被告主張事実は否認する。原告は染木建設と交換したのであつて売買に供したものではない。

(予備的主張一に対して)

本件交換契約は等価物の交換契約であるから原告には本件土地((イ)の(1)、(2)土地)の譲渡による所得はない。もとより「譲渡物件の対価を総益金に、当該物件の帳簿価額を総損金として」経理することは企業会計上当然である。問題は譲渡物件の対価に幾何の金額を附するかである。本件の場合、譲渡物件の対価は、交換によつて取得した資産の価額である。そうとすればその価額は譲渡資産と譲受資産とが等価であるところからして譲渡資産の帳簿価額二五三、〇三一円をもつて譲受資産の価額としなくてはならない。すなわち本件の場合には交換利益の生ずる余地はない。

(予備的主張二に対して)

法人税法第三一条の三第一項の規定は同族会社に対して無制限に適用されるものではなく、租税負担を不当に減少させる結果となる事実が示される必要がある。被告は本件交換契約が交換たる実質を具備していないことを理由に本項を適用しているが、原告は右交換を否定されることを争うのであるからその実質を具備していない根拠を合理的に説明すべきである。

第五、当事者双方の証拠の提出、援用及び認否

(原告)

1、甲第一号ないし第六号証、第七号証の一、二、第八、九号証、第一〇号証の一ないし六、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし六、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一ないし一五を各提出。

2、証人大久保正一及び林茂三の各証言ならびに原告代表者尋問の結果をそれぞれ援用。

3、乙第二号証の二、第五号証の一、二、三、第七号証、第一一号証の各成立は不知、その余の乙号各証の成立を認める。

(被告)

1、乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一ないし三、第六ないし一一号証、第一二号証の一、二を各提出。

2、証人下山善弘、服部和郎及び近藤寿の各証言を援用。

3、甲第七号証の一、二、第八号証、第九号証、第一二号証の三、第一三号証の一、三、四、第一四号証の一ないし八、一三、一四の各成立は不知、その余の甲号各証の成立を認める。

理由

(一)次の点は当事者間に争いがない。

原告の本件事業年度分法人税に関する所得金額について確定申告から審査請求棄却の決定に至るまでの手続の経緯が左のとおりであること

〈省略〉

(二)  被告の本位的主張について判断する。

被告は、原告は(イ)の(1)土地を大久保正一に代金三、〇〇〇万円で、(イ)の(2)土地を染木建設に代金四、三八四、八一九円で売渡したものであると主張するが、これを認めるにたりる証拠はないのであつて、事実は次のとおりであつたと認められる。すなわち、

(1)  証人林茂三の証言により成立の認められる甲第一四号証の一、二、証人林茂三の証言、原告代表者尋問の結果によると、次の事実が認められる。昭和三三年一一月末、染木建設は(ロ)の(4)ないし(8)の土地を星上水産合資会社から代金五、八〇三、二〇〇円で買受ける契約をしその引渡しを受けた。当時右土地の大部分は右会社債務担保のため登記簿上三井物産株式会社の所有名義となつていたが、右会社は三井物産に対する債務返済資金入手のため右土地を処分することにしたのであり、代金中から三井物産への債務を支払えば、買主である染木建設へ所有権移転登記をしうる見込で右売買がされた。そのように、右売買当時右土地の大部分が三井物産の所有名義になつていて、それからの登記移転についての諒解は確保されていなかつた関係もあつて、右売買の当時には契約書は作成されなかつた。昭和三四年八月になつて三井物産から登記移転についての承認があり、ようやく、同月一四日付で売買契約書が作られた。その後右土地代金は星上水産の要請により八、〇三五、二〇〇円と増額された。染木建設は右代金を昭和三四年一〇月中に完済した。

(2)  成立に争のない乙第六、八、一〇号証、甲第一三号証の二、原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第一三号証の一と原告代表者尋問の結果とによると、次の事実が認められる。すなわち、染木建設は昭和三三年一一月(ロ)の(3)の土地をその所有者である野田九一郎から買受ける契約を結んだ。右土地は登記簿上地目が農地となつていたため、その所有権移転登記手続がすぐにはされえず、売主野田がその登記をしたのは昭和三四年四月になつてからであつた。

(3)  原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第七号証の一、二、第八、九号証、成立に争のない乙第一〇号証と証人大久保正一の証言、原告代表者尋問の結果とによれば、次の事実が認められる。

原告が所有していた(イ)の(1)土地は従来原告がその工場用地として使用していたが、名古屋市の郡市計画事業によりその約二分の一は道路敷地に予定され、残部も工場用地としてよりは商業地にふさわしい地域となる形勢であつた。原告は昭和三三年秋ごろからその立のきを迫られ、工場移転先を物色していた。そのころ不動産業を営む大久保正一は右土地の発展性に目をつけこれ買取りたく原告代表者であり同時に染木建設の代表者である染木正夫に右土地を売つてもらいたいと申し入れた。染木正夫は、原告として前記のように右土地を自ら使用する予定なく、他に工場用地を求めていたわけであつたので、昭和三四年に入ると右土地を大久保に売却することを承知する意思をきめた。これと前後して、原告は右土地を含む原告所有の(イ)の土地を染木建設に譲渡し、染木建設からは(ロ)の土地をこれと交換に譲受けることとし、昭和三四年一月一二日両者間にその旨の交換契約をした。そして同年二月一八日染木正夫は前記大久保に右(イ)の(1)土地を染木建設から大久保に売ることとする旨伝え、右土地およびその地上にある原告所有の工場建物と同建物内に設置の原告加入の電話とを合計代金三、〇〇〇万円で大久保に売る契約を結んだ(染木は右土地については染木建設を代表して、建物と電話加入権とについては原告を代表して大久保に売る契約を結んだものと見られる)。

右のように(イ)の土地は原告から染木建設に譲渡されたわけであるが、両者の代表者はいずれも染木正夫であつて、右交換契約は染木が両者双方を代表して締結したことになるので、同年三月二五日両者の取締役会でこれを承認する決議がされた。そのため、(イ)の土地のうち、添地町の土地について染木建設への所有権移転登記申請には登記原因である交換契約の日を右決議日の昭和三四年三月二五日として申請し、その旨の登記がされるに至つた。

以上のように認められる。染木建設が交換に供した土地のうち(ロ)の(4)ないし(8)の土地は右交換当時染木建設が未だ所有権を取得していたとは認めがたいことさきに認定したとおりであるが、交換契約の成立にはその当事者が目的物の所有者であることは要件ではないし、しかも染木建設は右土地を星上水産から買受ける契約をすでに締結しその引渡しをも受けていたこと前認定のとおりであるから、染木建設が交換物を契約時所有していなかつたからといつて、前認定の交換契約の成立を疑うべきこととはならない。

また、右土地および(ロ)の(3)土地については星上水産ないし野田九一郎から直接原告に所有権移転登記がされていることは当事者間に争のないところではあるが、これまた前認定のようにそれらの移転登記がされうるようになつた時は、すでに染木建設から原告への交換契約が結ばれていたのであり、かかる場合いわゆる中間省略登記手続による移転登記がされることは異例なことでなく、しかも原告と染木建設とは代表者を同じくする関係にあるものであることを考えれば、右登記の関係も前記交換契約の成立を疑わせるにたりない。

さらに、(イ)の(1)土地については、原告と染木建設との代表者である染木正夫は昭和三三年秋以来大久保から売却方の交渉を受け、原告はこの土地の使用を断念し工場移転先をそのころからさがしていた状況でもあり、すでに交換前からこれを大久保に売却する意を定めていたのに、これを染木建設との交換に供し、しかもまもなく染木建設から大久保に売る契約をしているという前認定事実、さらに染木建設の経理、収益内容が必ずしも良好でないのに反し、原告のそれは染木建設のそれより良好であるという争ない事実を考えれば、右交換は原告の税額軽減のための仮装行為ではないかと疑われないではない。しかし、そのようにして大久保への売買からえられた利益、代金を染木建設ではなく原告が入手し、また染木建設が何の関係もなかつた土地を同社との交換名義で入手したとかの事実の認むべきものがない以上、右一連の行為が税法上不当行為として否認されるに価するか否は別として、未だ前記交換を以て仮装行為であるとか、実はされなかつたものとか断定するには足りない。

その他、右認定をくつがえし、被告主張の原告の売買を証明するにたりる資料はない。

(三)  予備的主張一について

一、法人の事業年度の所得を算出する方法について、法人税法第九条第一項は「事業年度の総益金から総損金を控除する」旨規定しているところ、法人の資産が有償譲渡された場合は、譲渡物件の対価を総益金に当該物件の取得価額(帳簿価額)を総損金として計算されるべきものと解される。

そして右譲渡が交換契約として行われた場合は特別の事情のない限りそのたがいに譲渡しあう物件の価額は等しいと推定されうる。従つて特別の事情のない本件で譲受資産たる(ロ)の(1)ないし(8)土地の物件の時価は交換に供した(イ)の(1)、(2)土地の時価と等価と考えられ、その価額は次のとおりであると認められる。

1、(イ)の(1)、(2)土地の帳簿価額が二五三、〇三一円であることは当事者間に争いがない。

2、(イ)の(1)土地の時価について

(イ)成立に争いのない甲第一二号証の二、乙第一号証の一、原告代表者尋問の結果によれば、原告は財団法人土木建築厚生会から昭和三三年八月六日、右土地を担保として一千万円を借受けた際、厚生会の申込みがあつたときは、原告は右土地を代金三千万円で売ることにするとの売買の内約がされたことが認められる。

(ロ)、昭和三四年二月一八日、染木建設から大久保へ右土地と地上建物、電話加入権とを代金三千円で売却したことは前認定のとおりである。そして証人大久保正一の証言によれば、右売買物件中、地上建物は道路予定地上にあつて、放置されており、これを収去などの処分をする便宜上、附随的に売買物件中に含ましたにすぎないことが認められる。また電話加入権の当時の価が数万円をこえないものであることは当裁判所に明かなところである。以上を総合すると、(イ)の(1)土地の交換時における時価は三千万円と認めるのが相当である。

3、(イ)の(2)土地の時価について

原告代表者の供述によれば、右土地の近隣にある原告所有の土地(名古屋市東区添地町五番の三、現在東三工区一三A三の一)約九〇坪を原告は昭和三四年三月一二日に坪当り七万円で売却していることが認められ、この事実から判断すると(イ)の(2)土地の交換時における時価は少くとも坪当り三五、〇〇〇円で、合計四、六三七、八五〇円以上であつたと認められる。

二、右により算出された交換に供した資産の時価、従つて、これと等価額である譲受資産の(ロ)土地の時価は合計三四、六三七、八五〇円となるところ、これから右譲渡資産の帳簿価額二五三、〇三一円を引くとその譲渡益は三四、三八四、八一九円となる。

そして右金額に当事者間に争いのない土地もれ二五、〇〇〇円、仮払金もれ一〇万円、贈与金額一九八、二五二円、現金計上もれ一、七七八、四九六円を加算すると三六、四八六、五六七円となり、これに原告申告の所得四一、三八四円を加算し、これから当事者間に争いのない仮受金もれ二三〇万円を減じると原告の係争年度中の総所得金額は少くとも三四、二二七、九五一円になる。

(四)  すなわち、被告が原告の本件係争年度における法人税の課税標準としての所得金額を金三四、二二七、九五一円と確定したのに違法のところなく、適法と認められるから本件処分は取消さるべき理由がないものである。従つて、その取消を求める原告の請求を棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 元吉麗子 裁判官 三関幸男)

目録

(イ)(1) 名古屋市東区添地町一六番の二

宅地 一、二一五、九八平方メートル

(三六七・二三坪)

同所一七番

宅地 一、五五四、七一平方メートル

(四七〇・三坪)

右に対する仮換地東三工区一三A五番

一、六九二、九五平方メートル

(五一二・一二坪)

(2) 各古屋市東区添地町五番の一

宅地 二八七、九三平方メートル

(八七・一坪)

名古屋市東区赤萩町二丁目四四番

宅地 七一四、三一平方メートル

(二一六・〇八坪)

同所二丁目五八番の二

宅地 四六、二八平方メートル

(一四坪)

同所二丁目五九番

宅地 六六、一一平方メートル

(二〇坪)

右に対する仮換地東三工区一三B一九番

四三八、〇四平方メートル

(一三二・五一坪)

(ロ)(1) 名古屋市南区千竈通一丁目三九番

宅地 九一九平方メートル

(二七八坪)

(2) 同所四〇番

宅地 九四五、四五平方メートル

(二八六坪)

(3) 同市昭和区広瀬町三丁目二一番

宅地 一、〇一一、三七平方メートル

(三〇六坪)

(4) 同市瑞穂区南浜通二丁目一番(区界整理により番地変更、現在南浜通二丁目五番)

宅地 四五九、五七平方メートル

(一三九・〇二坪)

(5) 同所二番(右に同じく現在二丁目四番の内)

宅地 一三八、一八平方メートル

(四一・八坪)

(6) 同所三番(右に同じく現在二丁目四番の内)

宅地 三四五、四五平方メートル

(一〇四・五坪)

(7) 同市同区明前町二丁目四八番(区画整理により現在内浜三丁目三九番)

宅地 二八 八、五九平方メートル

(八七・三坪)

(8) 同所四九番(右に同じく現在三丁目四〇番)

畑 二四三、九平方メートル

(七三・七八坪)

以上

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